社内で革新を育むためには革新的な環境を作る必要があります。偶然に革新が生まれるということはほとんどなく、革新は意図的に作るものです。野菜を育てるのに似ています。土壌づくりが重要です。
環境づくり=社内文化づくり
どれだけ優れた革新のための戦略を掲げても社内文化がそれに沿ったものでなければ、戦略は名ばかりのものになってしまいます。例として、「革新を促進することで、今年一年は市場シェア10%アップを目指す」という戦略を掲げたとしても、実際に社内で発言をしようとすると上司から煙たがられるようであれば、何も意味がありません。
だからこそ環境を整えることが重要です。革新が生まれるための条件を整えてやるのが会社経営者やマネージメント層の大事な役割になります。
この環境を整える上で便利なのが何かしらのカンパニーステートメント(company statement)をつくることです。要は私たちの社内文化はこうですと明文化するのが重要です。
ステートメントの書き方に厳格な決まりはありませんが「私たちは〇〇を大事にする」という点を端的に、そして会社で働く一人ひとりに伝わるかたちで表現するのが肝です。一つの型をパタゴニアを例に紹介すると、以下の通りです。
At Patagonia, we appreciate that all life on earth is under threat of extinction. We’re using the resources we have—our business, our investments, our voice and our imaginations—to do something about it.
日本語に訳すと:パタゴニアでは、地球上のすべての生命が絶滅の危機に瀕していることを認識しています。私たちは、ビジネス、投資、発言、想像力といった、私たちのもつ資源を活用し、この問題の解決に向けて行動しています。
このように「私たちの価値観は何なのかを先に述べて、それを大事にするために、私たちは〇〇を用いて〇〇をする/している」というように表現すると、非常にしっくりくるのではないでしょうか。
ステートメントと革新のつながり
上で紹介したステートメントは言わば、会社が存在する意味です。その意味を行動に移すために、今度はより具体的な指針を考えていく必要があります。それが戦略です。組織全体にわたる戦略を組み立てて、何に狙いを定めて事業を展開するのかを明確にします。
その戦略の中に意図的に革新の要素を組み込むことができます。戦略は言わば手段ですので、革新が必要であれば、そこで明言するのがいいでしょう。しかし、ここで注意したいのが無理やり革新という言葉を入れないことです。
響きがかっこいいからといってステートメントに革新やイノベーションという言葉を入れても、そこで終わってしまっては意味がありません。戦略を特定したら、次に施策や戦術(tactics)まで具体化していきます。
これは抽象度を下げる作業です。現場で働く人が具体的に何をするかを決めることになります。ここで決める内容が、当然のように一つ上の階層にある戦略やその上にあるカンパニーステートメントと調和していなければなりません。
会社の成長と共に革新が必要になるとき
会社の成長と共に革新が必要になることがあります。例えば、スタートアップとして会社が産声を上げて、死に物狂いで働いて、何とか受注数を増やしたとします。創業当時のカンパニーステートメントがもし「ウェブの世界で日本の伝統を再発見する」(日本の良さを発信する系ベンチャーを想定)のようなものだったとします。
そこで意味されているのは、ウェブを使うこと、そして、日本の伝統の価値を新たに見出すということです。これには明確な革新が規定されているわけではありません。このステートメントを新入社員に示した時の印象はどうなるでしょうか。きっと、強い革新性は感じてもらえないはずです。
会社がスタートアップ期(の中でも初期の「生存」の壁を乗り越える)を切り抜ける程度であれば、上記のカンパニーステートメントで大丈夫かもしれません。しかし、その後「スタートアップ精神でがむしゃらにやればいい」時期を過ぎると、自然な流れとして何度も見直しを迫られることになります。
その見直しの一つが「革新をどう捉えるか」です。成長に拍車をかけるためには社内革新が必要だ(もしくは今はまだ革新の程度を抑えるべきだ)、といった気風です。もし革新を組織の成長の軸に据えることにしたなら、カンパニーステートメントレベルで革新を盛り込んだ定義をつくり直すことが有効になります。
革新に必要なマインドセット
社内で革新を起こすためには、マインドセットの調整が欠かせません。オープンで変化を受け入れる姿勢です。これを会社内のすべての社員が共有しなければ、実際の革新を起こすことはできません。
というのも革新は「変化」を意味します。働き方の変化であり、プロセスの変化であり、考え方の変化でもあります。社員がそれに伴い不安を感じるのは不思議なことではありません。革新を醸成するためには、革新が「個々にとっての脅威ではない」ことを明確に示すことが重要です。
会社規模でのマインドチェンジの必要性
会社規模でのマインドチェンジが必要になります。というのも、例え社内の一つの部署やチームで革新を起こすとしても、その変化は多くの場合、垣根を超えて別の部署やチームの社員に影響を与えます。
会社規模での革新に向けたマインドチェンジを実行するためには、その理由を明確に表現することが重要です。特に、会社としての存在意義に「どのように」つながっているのか、そして、社員にとって「どんな」メリットがあるのかまで示すことができるのが理想です。
革新の性質や規模に関わらず、マインドセットを変えることに抵抗する人は必ず出てきます。これは仕方のないことです。反発の出やすさは新規性や実際の変化が日々の業務に及ぼす変化の大きさで決まります。
環境から自動で革新が育つ環境へ
理想的には、環境を整えることで「革新を受け入れられる」会社ではなく「革新が各社員から自動で生まれる」会社をつくることです。そのためには、会社全体の方針を示すことだけではなく、それを達成するために、個々にどのような革新が求められているのかを明確にする必要があります。
ここで大事なこととして、革新を言葉で伝えるだけでは意味がありません。「革新が求められるため、個々が積極的にアイデアを出すように」と言ったところで、実際には何も変わりません。
そんな状況を回避して本当に革新が起きるように促進するためには、会議でのアイデア出しの際に、頭ごなしに否定することを絶対禁止にする、業務改善のための時間を特別に設けるなどの工夫が考えられます。
また、コミュニケーションの壁を取り払うために、部門間でのやりとりを円滑にする新しいコミュニケーションツールを導入するのも有効です。ツールに限定される必要はありませんが、例えば社内でのやりとりにメールを使うのをやめてSlackなどの即時性の高いチャットツールに切り替えるなどの方法もあります。
同じSlackの例を続けると、ただリアルタイムチャットを可能にするツールを導入するだけでは不十分です。社内で誰が何をしているか、どんな時に誰に話しかければいいか、という透明性は確保されているでしょうか。どの部署がどのような情報の受信形態に慣れているかもはっきりと外側(別の部署の人たち)から見えるようにするべきです。例えば、「こんなリクエストがあれば、Slackのこのチャンネルにあるこのワークフローを使って、このような必要事項を記入してほしい」という具体的な説明があると、部門横断的なコミュニケーションを促進できます。
革新のためのプロセスづくり
プロセスの取り決めというと、少し革新とは逆行するようですが、実はむしろ逆です。はっきりと革新のためのプロセスを決めることには大きなメリットがあります。こんな状況を考えてみてください。業務を進める中で「これは無駄だな」と思うことがありました。「こうすればいいのに」という改善案も思い付きます。
しかし、誰にどう説明すればいいかわからなかったらどうでしょうか。実際に行動に移すことはないでしょう。これが革新を阻む大きな問題です。だからこそ、革新の種(ここでは「改善案」と言い換えても大丈夫です)を思いついた時に…
- 誰に(役職、部署など)
- どのように(ツール、記述法、チャンネルなど)
それを表現できるか、はっきりと道のりが決まっているのが理想です。そうすることで「よくわからないからやめよう」という諦めを防ぐことができます。革新そのものにリソースを投入すべきであり、それをどう伝えるかにかかる苦労はできるだけ取り除くのが理に適っています。
ここでの注意点は、その「プロセスそのもの」も革新の対象となることです。手順が非効率的であれば、せっかくの行動が阻害されてしまいます。だからこそ、プロセスが改善できないかどうか、継続的に疑問視していきます。
研修やトレーニング
いきなりマインドセットを変えろと言われても、そう簡単には変われません。そこで便利なのが学習プログラムです。研修やトレーニングというかたちで学びの機会をつくることをお勧めします。
学習素材を用意すれば、新入社員教育にも応用することができます。これの作成時にはアクセシビリティを確保することが重要です。オンラインでいつでも参照できるようにするのが有効です。
どの行動に報酬を与えるか
革新を育む指針を特定したら、次にその理想となる行動を直接的に称賛し、時に目に見える形で報酬を与える(金銭的であれ、昇進に関わるものであれ)システムを構築する必要があります。
多くの会社によくありがちなミスが「Aという行動を求めながらBという行動に対して称賛を送ること」です。行動の結果、褒められる、評価されることで、その人のやる気は上がり、その特定の行動が強化されます。
強化されることで、同じような状況で同じ行動を取る確率が上がります。だからこそ、会社では(人事部だけではなく、全体として)どのような行動を賞賛すべきかを明確に定める必要があります。