スーパーの安いプレーンヨーグルトを朝・昼・晩と食べることのある私。
そんな質素な生活の自分が、気付いたら10万円以上のスーツを買わされていました。
購入したのは、つくりはしっかりしていますが何の変哲もないスーツ。
スーツのAOKI。決して高級店ではないはず。
入店から1時間30分。
10万円のスーツを購入。
こう聞くと「ああ、10万円のスーツを売られたのね」と言う人がいるかもしれません。
違います。売られたものは他にあります。
売られたのは「ポイント」でした。
それには3種類あります。
- 「それほどでもポイント」
- 「申し訳ないポイント」
- 「ありがとうポイント」
AOKIのおばちゃんは自分にこの3つのポイントを売り込むことで「10万円の売上」を生み出すことに成功したのです。
私は当然のようにスーツの購入を猛烈に悔やむと共に、これを皆さんの仕事に活かしてもらうためにこの記事を書いています。
「それほどでも」と「申し訳ない」と「ありがとう」をタダで売れば、誰でも「1時間30分で10万円の売上げ」をたたき出すことはできます。正直おばちゃんがやったことはこれだけです。特別な能力は必要ありません。
ステージ1. すごいという言葉の魔術
AOKIに入店してすぐに、女性の店員さんがやってきました。愛を込めて、おばちゃんと呼びたいと思います。歳は40代なかばといったところでしょうか。
まず私に「どんな目的で」とスーツ探しの用件を聞いてきます。
「結婚式に出るので」と私が回答します。
すると感動するおばちゃん。「うわーすごい」という反応でした。今思うと何がすごいのかまったく意味がわかりません。生きていれば結婚式に出席することくらいあるでしょう。
しかし悪い気はしません。なにせ、褒められているのですから。
その後も「どんな予定で…」という話を進めると「ええ、すごーい」という反応。本当に今思えば「安っぽい殺し文句」でしかありません。
しかし、その時は、知らず知らずのうちに悪くない気分になっていました。
このおばちゃんは、プロです。一見すると雑なのですが、とにかく全ての会話の中に「私を褒める」要素を見いだしていました。
これこそが第一のコツです。
私は数分おきに、何個もの「それほどでも」を売られていました。
まずは褒めること。褒められて怒りを感じる人などいません。あなたならどうでしょうか?
「さすが、お目が高い」のような使い古された言葉を連呼されると、さすがに「怪しいな」と思うかもしれませんが、基本的には褒められて悪い思いをする人などいません。
そして、ここが心理的に面白い部分です。例えば、私があなたを「わ、すごいですね」と褒めたとします。「あなたほどすごい人を見たことがありません」とも付け加えます。
あなたは、私のことをどう評価するでしょうか?「見る目がない」とは言えないはずです。なぜなら、それは「あなたがダメな人間だ」という結論につながるから。
つまり、私があなたを「すごい人」だと評価すると、あなたは私のことを「あなたもなかなかですよ」と評価せざるを得ない状況になります。
ステージ2. 忙しそうに振る舞うおばちゃん
また、こんな点にも気付きました。
「あー…」です。
どういうことかというと、うまく忙しさを演出しているのです。
説明します。例えば、こんな具合です。スーツのジャケットを試着して鏡を見ていると、おばちゃんが姿を消しました。「あれ?」と思っていると、走って戻ってきます。
ジャケットについて質問をすると答えてくれます。
そして、知らないうちにどこかに走り去っていきます。
その際には「あー…」とか「すー…」とか微妙に口にしています。
そこで自分はこう思いました。「忙しそうだな」と。
本当に忙しかったのかはわかりません。しかしながら、忙しそうだなという雰囲気は痛いほどに伝わってきました。その思いが、自分の中でどんどん膨らんでいきます。
そして、こう思うようになります。
「こんなに忙しいのに、自分に色々提案してくれてるなんて…」
申し訳ない気持ちになりました。
ジャケットをあれこれ試着したいところですが、おばちゃんの大事な時間も考えて、できるだけ早く決めることに。2着試しただけで、そのうちの1つを選びました。
ネクタイについても同様です。おばちゃんは、私が尋ねた時には、笑顔で別のネクタイを持ってきてくれます。小走りで。そして、そのたびに私は「申し訳ない」と思います。
ここで何が起こっているかわかるでしょうか?
「申し訳ない」ポイントを売り込まれているのです。どんどん貯まっていきます。
ステージ3. 感謝の気持ちすら芽生える
こんな提案もありました。
せっかくだから、試着してみましょうか。
試着室に向かいます。
その際には、靴まで用意してくれました。
さらに、シャツも複数を順番に確認して、一番いいと思うものを選んでくれました。
「してくれる」の連続です。近所のおばちゃんにお世話になっているような感覚です。
そしてポイントは上限に達する
- 「それほどでもポイント」
- 「申し訳ないポイント」
- 「ありがとうポイント」
これら3つのポイントが十分に貯まると、私はもう断ることができなくなります。
何かにつけて褒めてくれるから良い気分。
他のスーツを見せてもらうなど申し訳ない。
こんなにやってくれてありがたい。
そんな感情が全て入り交じり、後半にはもう「いかにスムーズに買い物を終えることで、おばちゃんに恩返しができるか」考え始めます。
あとは言うがままです。レジに向かいお会計をスムーズに済ませます。決して「売りつけられた」という感覚はありません。
むしろ「良い買い物をしたな」という高揚感すらあります。
さて、これで流れの説明が終わりました。
続いては、誰でも実践できるようにいくつか補足をお伝えします。
値段は最後まで考えさせない
販売というミッションを完遂するために大事な点です。
10万円のスーツを私みたいな質素な生活を愛する人に売るために、絶対に忘れないでください。
3種類のポイントがざくざく貯まっていく頃、絶対にやってはいけないことがあります。値段のことを考えさせないようにしましょう。
「それほどでも」「申し訳ない」「ありがとう」が意識されている時の脳の状態はどうなっていると思いますか?あらゆる感情でいっぱいいっぱいになっています。
論理が崩壊した、いやそれどころか論理という概念が存在することにすら考えが及ばない状態です。
人間はあらゆる決断を感情に基づいて行います。
どれだけ論理的だと主張する人でも、感情が大きな影響を及ぼします。
商品を売る側からすると、この感情をいかにコントロールするかが重要です。決して論理的に考えさせてはなりません。「感情の領域のまま売上まで走り抜ける」のがコツです。
よく「夢じゃないよね」と疑う人が自分の頬を叩きますが、これは自分を目覚めさせるためです。冷静になるということです。頭を冷やすという言い方もできます。
販売をスムーズに運ぶためには、頭を冷やしてもらっては困ります。湯気を上げるくらいに感情に支配されている状態を維持してもらわなければいけません。
だからこそ、値段は最後まで見せません。もちろん、隠しては法律などの観点から問題があります。そのため正確に言うと「意識させない」ことが重要です。
AOKIのうますぎる値札外し
今回のAOKIの例では、おばちゃんは素早く値札を外しました。値札はピンで服にとめる仕様になっています。これは非常にうまくできた手法だと思います。
というのも、例えば、鶏肉のパックに貼ってある値段のシールを店員が外したら「おいおい怪しいな」と思いますよね。
しかし、AOKIのスーツではこれがすんなりできてしまいます。なぜだと思いますか?答えは試着です。試着をする際に「邪魔だから取っちゃいますね」と言うことができます。これはよく考えられた仕組みだと思いますね。
このようにして値段のことを考えないままに「じゃあ、これでお願いします」とスーツを決めます。レジに向かっておばちゃんが何やら打ち込んで…「はい、合計10万円です」となるわけです。この瞬間に「じゃあやめます」と言える人が100人中何人いるでしょうか?
ここまでのポイントの加算やレジにまで来ている事実を考えると、よっぽどの理由がないかぎり、この時点で購入を中止することはできないはずです。
さいごに
帰りの車を運転する私の顔は、真っ青だったことでしょう。10万円をスーツに使ったことに対しての抵抗はもちろんありますが、それ以上に、マーケティングや販売戦略について勉強をする身でありながら、ここまで見事に丸め込まれたかという落胆が重すぎました。
あとから振り返ってみたら簡単な仕組みです。要点さえわかれば、誰にでもできます。難しいセールストークはいりません。むしろ、中途半端なテクニックは人を遠ざけるというのが私の持論です。今回のおばちゃんがある意味で素人感があり(「えーすごい」の連呼など)、それが私の警戒心を解いたのだと思います。これもうまいことやられました。
是非とも悪用はせずに、いい具合に活用していただければと思います。